すたじお やまあらしロゴ 20th ANNIVERSARY since 1997

はじめに


東洋文化と西洋文化の比較は、多くの分野において試みられてきた。各々の長所や短所の追求が、時として互いの攻撃に結びつくこともあったが、融合し、新たな可能性が拓けたものも多い。
しかし医学の分野においては、西洋と東洋の融合の目論見は、今までことごとく挫折してきたのではないか…とさえ私は感じる。診断法や治療法のみならず、薬理学にしても、である。
不純物や糖類を多く含有する薬品の混合物は、もはや西洋医学に基づいた調剤とは言えなくなってしまうし、漢方薬の成分を科学的に事細かく分けて探ろうとした時点で、それは東洋医学の概念からはずれるものとなるからだ。しかし、このような現状のまま、西洋医学の中で漢方薬を使っていくのは良いことだろうか。 

近年、
「生命体という混沌は、混沌としてとらえねばならない」
という考えが勢いづいている。これは、システマチックに物事を見ようとする考えと拮抗するものであって、極端に言えば宗教と科学の対立の構図に似ている。
彼らの言い分はこうである―東洋医学は未知の部分が多いというが、実は数千年かかって完成された学問だ。たかだか数百年の歴史の西洋医学こそ未知の部分が多いのではないか。自然を、人間の身体を、西洋の学問が分析し尽くせるなんて、思い上がりも甚だしい―と。 

西洋医学を学びつつあり、しかも漢方薬へも強い期待を抱く私はこう答えよう。
急性の疾患への強力な対応は、私たちの生命品質(Quality Of Life、QOL)をはるかに向上させた筈だし、研究の段階においては、漢方薬をもはや混沌ととらえるわけにはいかない。確かに、私たちは生命への畏れを忘れてはならないが、あまり伝説的な話ばかりを持ち出されたくはない。一方、漢方薬をプラセボ(偽薬)の集合だとする主張に対しては、やはりシステマチックな理論展開が要求されるのではないか。
根拠に基づく医学(Evidence Based Medicine、EBM)が求められる現在、漢方医学だけが師匠から弟子に直伝される、経験則の集合だと言い切るのは前時代的だ。

東洋医学と西洋医学のどちらがより良く、どちらが身体により必要かを述べることは無理だし、善悪のみでの対比は無価値であろうと感じる。そこで私は、日本における漢方の意義を出来るだけ西洋医学的に、かつ医学生レベルの知識で分かりうる内容で捉えてみることにする。

「日本漢方への接近」という題には、西洋医学分野から漢方へ接近することが、よりよい医療の発展に貢献し、QOLの向上につながるだろうという期待を込めた。
なお、現代中医学と日本の漢方医学の起源は同じなのだが、現在は両者はかなり異なるものとなっている。この点は今後話を進める上で混乱をきたすので、あえて後者について「日本漢方」という呼び名を用いる。
また、中国伝来のいわゆる「本草書」に載っていて、現在まで残っているものを「漢方薬」、我が国で独自に発見されたものをも合わせて「和漢薬」と呼べば厳密なのだろうが、この本では単純に、まとめて漢方薬と称することにする。
民間伝承薬の類も確かに無視出来ない存在だが、これは単一生薬からなるものが多く、また用法なども体系づけられていないものが多いため細かく触れるのは避けた。また、巷で人気の強壮剤などは多分に迷信的なものもあるため、今回はコラムで適時紹介するにとどめることにする。


日本漢方の歴史と現状→

 

Last Updated:2017/10/03
Copyright (C) 1997-2017 Studio Yama-Arashi. All Rights Reserved.