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コラム


スパイスと漢方

数年前、テレビのバラエティー番組で興味深い企画がありました。芸能人と有名料理人が漢方薬局に押しかけ、その場にある生薬をスパイス代わりにカレーを作るというもの。期待通り、少し薬臭いものの美味なカレーが出来上がった次第。最近はカレー用スパイスの詰め合わせも店で売られていますが、その中に「薬膳カレー」というものを見つけたら、含まれるスパイス一覧を眺めてみましょう。漢方をかじった人にとっては馴染みの生薬が羅列されている筈です。
スパイスの微妙なバランスによる香り高いカレーと生薬の配合による漢方処方、相通じるものを感じますね。カレーの辛味成分は発汗をはじめ新陳代謝を促進します。身近で手軽な健康食品、医食同源そのもの。

とはいえ、過ぎたるは及ばざるより悪い例を一つ。症例は小学生の男子、フライドチキンが好物だったのですが、毎日スパイスの利いたチキンを食べていたせいか、(女性化乳房ではないが)若干の乳房肥大が見られたそうな。確かに、正常でも思春期に一過性乳房肥大が男子にみられる場合がありますが…これは食生活の偏りも原因でしょうね。
スパイスも、漢方同様に薬理作用を持ちうるのです。 

正倉院の宝物

家宝の鑑定は相変わらず流行ですが、奈良時代のものとなると価値は別格。
正倉院は校倉造と呼ばれる特殊な建築がなされていることはご存じでしょうが、これにより湿気から数百年に渡り守られてきた宝物の中に、薬箱があることは意外と知られていないようです。桂皮をはじめ、基本的な生薬が数多く詰まっているのですが、科学的に分析したところ、千年を経過した現在でも、充分な薬効が残っていたというから驚き。ちなみに、一般的に西洋薬の有効期限は充分短く、10年も経てば使い物にならなくなります(し、使う気にもなれないでしょう)。

附子−猛毒にも薬にもなる生薬−

私が子供の頃、祖母と一緒に近所の防風林に行っては草餅用のヨモギ(蓬)を採ったりしたものですが、「ヨモギとトリカブトは葉が良く似ているから気をつけて」としばしば言われたものです。
トリカブト(鳥兜)は、ヨモギ・ニリンソウ・セリ・ゲンノショウコ(玄の証拠)などと似た葉を持っています。これらの草には、いずれも何らかの薬効がありますが、トリカブトの強力さは「猛毒」とも言えるほど。その正体はアコニンという強心配糖体です(キツネノテブクロに含まれるジギタリスも強心配糖体)。
アコニン自体は治療域と危険域が近く、処方として扱いづらいため、湿らせた和紙に包んで灰の中に埋める(これを修治;しゅうちという)ことにより穏やかな熱処理を行い、毒性を弱める手法が取られてきました。科学的には、熱分解によるアコニチンへの変化といわれます。

トリカブトは北海道では至る所に見られます。ウタリ(アイヌ)民族は猟において、トリカブトの毒矢を用いたといわれますが、肉を焼いて食べる過程で毒性が弱まる筈ですから、非常に合理的だったと思えます。
物騒な話ですが、トリカブト毒による殺人事件も何度か耳にします。前項の通り、自然状態では生薬の薬効は長期間持続しますから、事件から数年経過したにも関わらず、部屋の畳から毒成分が認められたことが犯人逮捕につながりました。

札幌でも円山周辺に自生していたそうですが、残念ながら(幸いにも?)市民の目に留まることはほとんどないようです。美しい紫色の花は北大付属植物園で観賞することが出来ますので、興味があればそちらでご覧になってみてはいかがでしょうか。

甘草−甘いだけの草じゃない−

甘草は漢方エキス製剤の7割に含まれる、最もメジャーな生薬です。胃潰瘍の治療薬として使われることも多いのですが、漢方製剤への含有量はせいぜい1日3g程度なので、通常の使用で問題になることはほとんどありません。
しかし、甘草を1日10g以上服用すると偽性アルドステロン症(高血圧・浮腫)にかかる恐れがあります。通常量であっても、高齢者・腎臓障害の患者の場合はカ電解質の血中濃度・血圧や体重のチェックは頻回に行うべきです。ちなみにグリチルレチン酸は24〜28時間で代謝されるため、漢方薬を服用中止するだけで偽性アルドステロン症は2日以内に解消しますし、五苓散が浮腫の治療には有効です。
むしろ、留意すべきは漢方薬以外のもの。グリチルリチン製剤(肝庇護剤の強力ミノファーゲンC)や口腔清涼剤(仁丹)は甘草を含みます。醤油や佃煮、菓子の甘味料として使われていることもあります。

最近の研究では、後天性免疫不全症候群(AIDS)にも甘草が有効だという報告が出ています。有効な免疫を賦活させ、自己を攻撃する有害な免疫を減弱させるるのも、甘草に限らず漢方全般の特徴なのでしょう。
乾燥品の甘草をかじると、サトウキビのアクを強くしたような、甜菜に薬臭さを加えたような、独特な味がします。甘草の甘さは、やはり食べ慣れた砂糖のそれとは違う「薬効」なのです。

ハーブとレメディ

西洋のハーブ(薬草)は、東洋の生薬と比較されることが多いですが、前者は単独で使うことも多い(生薬を単独で使うことは少ない)点、使われるのは主に葉のみ(生薬は茎・実・根が多い)という点が特徴です。
ブレンドしたハーブティーは漢方の煎じ汁とスタイルは似ていますが、あくまでも「ティー」であり、医師による処方体系が築かれた漢方薬とは違う概念に基づきます。ハーブはスパイス同様、調味料や嗜好品としての面が強く、薬効については漢方ほどの期待はされては来なかったと考えられます。従って、ハーブの研究は医学界よりも食品業界で注目されてきた感があります。

最近ハーブと並び話題になっているのが、ホメオパシーにおけるレメディ。「病気の原因となる物質をほんの少量用いることで、その病気の治療を行う」というもの。一見、アレルギーの脱感作療法のようでもあり、また「ヨーロッパで古くから用いられてきた民間療法の一種」という主張もあるものの、実は「希釈率が高ければ高いほど効果を持つ」という理論は、科学的根拠に全く欠けるものと見做さなければならないと考えます(プラセボ効果なのでしょう)。

こんなものも生薬になる

「生薬の薬物学」のコーナーで、シナモンやハッカ(薄荷:高価格にも関わらず似重量が軽かったため)、丁子(カクテルに浮かべる)なども掲載しましたが、身の周りで良く見かけるものであっても、扱いによっては「生薬」になりえるのです。
人類は古代から現在に至るまで薬効のあるものを捜し求め続けてきたわけで、専門書には驚くほどの種類の生薬が掲載されています。その中で、健康保険の点数に認められた処方に含まれるもの、日本人によく知られているものはごくわずかに過ぎないのです。中医学で現在も用いられているもの、民間療法の世界で根強い人気のあるものは挙げていけばきりがありません。近くの中医薬局に行けば、興味深い材料に巡りあうこともしばしば。

生薬原料として亀(スッポン)や蛇(マムシ)程度なら理解できるでしょうが、熊の胆(文字通り熊の胆嚢)は私たちには時代劇で目にかかる程度です。日本人の常識の範疇にないものといえば蠍(サソリ)など。誰でも目を疑うのがゴキブリ(コラーゲン・脂質・アミノ酸が有効成分らしい)ですが、ちゃんとツムラ発行の「生薬ハンドブック」には掲載されてます。但し、これらは国内の漢方エキス製剤には含まれていないようですが。
雑誌を賑わす性機能回復系の物質は広告こそ派手ではあるものの、効果を実証したデータは少なく、無闇に手を出すと懐の痛い思いをする羽目になります。犬の精巣やオットセイ(もとは臍周囲の臓器から作った薬の名前)の陰茎は、イメージでは凄まじい効果がありそうですが、実際にどれだけの効果があるのかは疑問。さまざまな意味で私たちの理解を超えていますし。

巴豆(はず)から抽出した巴豆油(クロトン油)は下剤として用いられてきましたが、12-O-テトラデカノイルフォルボール-3-アセテートフォルボールエステルが癌プロモーターである可能性が指摘され、最近では使われなくなりました。科学的分析の結果、危険度(リスク)が利益(ベネフィット)を超えると判断されたものは、たとえこれまで永く使われてきたものでも淘汰される運命にあります。
催奇形性や発癌性という、漢方界では目を向けられることが少なかった問題を西洋医学的に捉えることで、より安全に漢方薬を使える時代がやってくるのではないでしょうか。


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Last Updated:2018/06/10
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